新婚のころの楽しいことを思い出したい
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低身長がつらいと息子からがんがん言われ、

落ち込む姿を見ながらびくびくし、

自宅を失う恐れと引っ越し片づけの膨大さに愕然として、

 

疲れてしまいました。

 

昔の楽しかったことを思い出したくなりました。

 

息子が生まれる前のこと 楽しい時間を思い出したい

 

今思うと、夫が望んでいたのは、

ただ単に楽しい家庭。

 

実は寂しがりやで、妻には家庭でいつも笑顔で、

きれいに整えた家庭を作っていたもらいたかった。

 

だから、働かずに家に居てほしいと思っていたのでは・・・。

と気づきました。

今になってやっと。

 

だから夫は、私が妊娠すれば家に居てくれると思ったらしく、

早く妊娠すればいいと思っていたようです。

 

私は結婚してからも仕事を続けていて、

片道1時間も電車に揺られて通っていました。

ほんとは、専業主婦になってほしかったんですね。

 

そういえば、

「医者と結婚すると、

看護師さんたちは、たいてい仕事やめるよ。」

と言っていました。

 

自宅で家事に専念して、

自分のためにいつでも笑顔で自宅で待っていてほしい、

と思ったのではないかしら。

 

そんな気持ち、私は今の今まで理解しなかったんですね。

 

とにかく私は未熟でした。

 

大学病院に勤務することに魅力を感じた

 

結婚しようと思った理由。

 

医者ということには、とくに心ひかれたわけではありません。

医者ということへの価値。

 

そのことを、私はごく最近まであまり認識していなかった気がします。

今でこそ、これはたいへんなことだった、

もっと大切に思い感謝すべきことだったと思うのですが・・・。

 

私は、夫が大学病院に転勤になるということに魅力を感じていました。

 

大学病院に行くということは研究に携わるのだろう。

 

勝手にそう思ってしまいました。

研究職へ高い価値観を持っていた私には、とっても魅力的に思えたんです。

 

でも、医者の世界はちょっと違っていました。

 

とくに研究職をめざさなくても、

地方の病院で数年臨床を経験したら、

大学病院に行って適当な(!?)論文を執筆して論文博士号を取得する。

というのが、一般的らしいんです。

 

ですから、夫は研究が好きだから、

研究するために大学病院に転勤になったわけではなかったんです。

 

地方の病院で一人前の産婦人科医となった。

最近は、うつ病のほうも良くなってきていて、落ち着いてきた。

そろそろ、大学にもどってもいいのではないか。

 

という部長先生の判断で、この時期に大学病院に行くことになっていたらしいです。

 

お見合いは、それまでに、何十回もしていて、

すべて断っていたそうなんですが、

夫も、どうして、私みたいなだめだめな者にOKを出してしまったんでしょう。

 

夫は実は勉強嫌い

 

ともかく、そこで大学病院に転勤した夫。

目的は博士論文を出すことなので、みんな勤務の傍ら研究をしています。

 

でも、夫はほんとに勉強嫌いだったようで・・・。

しかも、当時はまだドイツ語の試験も必要だったんです。

 

夫が赴任した翌年からドイツ語の試験はなしになったんですが、

赴任した年まではドイツ語の試験は必修。

その試験をクリアできずに、落ち込んだりしていました。

 

どうして、そんなに勉強嫌いなのに医学部に受かったのか不思議ですね。

 

夫の母親は看護師でした。

医者の前で悔しい思いや、頭にくることがあったのかもしれません。

直接聞いたことはないのでわかりません。

 

でも、母親が看護師だったから、

息子には医者になってほしいと思ったようです。

 

そして高校時代に面談の時に担任に相談したら、

「この成績で医学部なんてとても無理。」

と馬鹿にされたそうです。

 

そこで一年発起。

必死で勉強した夫は、すぐに数学の成績で学年1位に躍り出たそうです。

 

それでも浪人生活を経験するのですが、

最初の3か月、死に物狂いで勉強して、河合塾でトップになったんだとか。

その成績は続かなかったようですが、

それでもなんとか国立の医学部に合格する成績はキープして滑り込みセーフで合格!

 

入学後、医学部の中でも最下位合格だったことがわかったらしいですが・・・。

まぁ、入ってしまえばトップでも最下位でも卒業できますから。

 

・・・ということで、

結局、夫が大学病院勤務になったのは、研究が好きだからではなかったんです。

 

その点は、結婚してからちょっと残念に思ったこと。

「なんだ・・・。」

と肩すかしをくらった感じ。

 

私自身が研究を続けるにも、夫との生活が良い環境になならなかったのは残念なことでした。ここに、ボタンの掛け違いがひとつあったかな、という気がします。

 

それでも、晩年には私の気持ちを理解してくれていた気がします。

もっとも、私自身が研究者として続けられる実力不足だったんですが。

 

楽しかったことは卓球をしたこと

 

ところで、子供が生まれる前のふたりだけの生活の中で楽しかったことといえば・・・。

 

いろんなところに外食に行ったこと。

楽しかったです。

 

それから、近くに卓球場があったので、

卓球をしにも行きました。

 

夫は大学時代卓球部でした。

 

私は小さい時に、父の職場に遊びに行ったときに卓球を教えてもらって楽しかった思い出

がありました。父は卓球が上手だったので、実家の近くの卓球場で卓球をしたことも何度かありました。

 

そんなわけで、夫とも楽しく打ち合えるレベルはかろうじてあったんです。

 

そのときは、ピンクのホットパンツをはいていたの思い出しますね。

今思うと恥ずかしくなるような短いパンツをよくまぁはいていたものだと。

 

『忠犬ハチ公』の映画を観に行った

 

そういえば、思い出しました。

 

その頃、『忠犬ハチ公』の映画も観に行きました。

ほんとに楽しかった。

 

すごく感激しました。

 

夫は動物好きでした。

夫の実家で「ジャック」という黒柴犬を飼っていて、

とってもかわいがっていました。

 

とても無邪気な人でした。

おもしろくていい人でした。

子供っぽいところがある人でした。

 

子供っぽいところがあったって、医者なんだから、上手に妻がサポートすれば良かったんです。

 

医者ということへの価値観をもっと持つべきでした。

医者になるのってたいへんなことです。

 

娘の受験を経験して、やっとわかった部分があります。

 

楽しかったこと、

もっともっと思い出したいです。

 

皆様がご興味があるのは、おそらく医者でどんなお得なことがあったのか、

などではないかしら。

医者というのは、薬屋さんから、どんな接待を日常的に受けられているか、など。

 

そんなことを次に書いてみようと思います。

 

 

MRの接待は?産婦人科医にはミルク会社からも