大学病院の医師はバイトしなければ生活できない
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夫との結婚が決まったころ、
夫は大学病院に勤務し始めたころでした。

3月末にお見合い
4月から大学病院。
5月に結婚。

 

超特急スケジュールでした。

 

若い医者は大学病院に戻って博士号を取得する

 

若い医者は、新卒から数年間、地方の病院で修業を積んだのち、
博士号を取るために大学病院に戻るのが通常コース。

 

夫が勤務していた市民病院でも、

新卒から多くのことを先輩医師から教えていただき一人前にしていただくと、医師たちは順番に大学病院に戻っていっていました。大学病院で博士号を取得して、また地方の病院に派遣される、というコースを踏んでいるのです。

 

大学病院は会社の本社のようなもの。

そこから、大学病院が傘下に持つそれぞれの地元病院に医者が派遣されていく、という仕組みなのです。

 

論文博士と大学院の博士課程修了

 

博士号には2種類があります。

 

大学院の博士課程修了してもらえる博士号と、

論文が認められて博士号を取得するもの

 

医学部や薬学部などの6年制以外の普通の学部では、大学院のカリキュラムは次のようになっています。

 

2年の修士課程(大学院前期)

3年の博士課程(大学院後期)

 

ただ医学部や6年生課程の薬学部などは6年制ですから、すでに修士課程(大学院前期)を終えたのと同じ。

 

ですから、医学部(薬学部)卒業後は、大学院も後期課程、つまり博士課程に進むことになります。

 

医者の中でも、大学院に進むとういことはエリートコースめざして、

将来は教授などのポストを狙って研究に励むということです。

 

夫と同じ研究室にも大学院生の方がいました。

他の大学の教授の息子さんでしたから、将来は研究職をめざしていらしたんだと思います。

 

医学部の大学院生も研究室に所属してバイトもしています。

大学を卒業したばかりで、実地経験がほとんどないままバイトに出るのですね。

医師も患者もお互いに、ちょっと怖い気がしますが・・・。

 

<論文博士>

 

ところで、大学院で学んで博士号を取得する以外に論文博士という博士号があります。

 

論文博士の博士号を取得するためには、学位論文を提出して審査を受け合格しなければなりません。また、論文審査以外にも当時はドイツ語の試験が必要でした。

 

・学位論文を提出し、審査を受ける

・必要な試験を受ける(当時はドイツ語の試験必須)

 

この2つをクリアしなければ、論文博士を取ることができません。

そして、多くの医師が一人前の技術を身につけたのちに、いったん大学に戻って、大学病院に勤務しながら、博士論文の執筆をして博士号を取得。地方の病院に転勤。

 

といった、流れとなります。

 

その中でも、大学病院に残る医師というのは、研究に向いている、研究が好きな優秀な医師です。

 

ただ、もちろんそういった医師は優秀なのですが、論文執筆能力にはたけているけれども、臨床能力と言っては言い過ぎですが、例えば手術は不器用、と言った医師がいることが事実です。

 

論文も書いて手術も器用にこなす、

というスーパーマンのようなほんとうに優秀な医師もいますが、

教授に頼めば手術が上手とは限らないのが現状です。

 

教授は論文は上手に書いて理論武装はしていて優秀ですが、臨床能力は地方病院の医師のほうに軍配があがる例は少なくありません。

 

大学病院に勤務では食べていけない

 

前置きが長くなってしまいましたね。

 

というわけで、結婚当時は夫は大学病院にちょうど戻ったところ。

ところが、この大学病院勤務というのは驚くなかれ、身分は日雇いの1年契約で毎年更新。

収入は月に10万円代なのです。

 

とても普通に生活して食べていける金額ではありません。

 

そこで、「食べていけない」という若い医師の切実な訴えから、

代務制度というものができたそうです。

 

大学病院から派遣されて、週に1度決まった病院にバイトに行くことができる制度です。

大学病院がバイトを公にして、あっせんもしてくれるようなイメージです。

 

大学病院医師の実態はバイトのほうが高収入

 

 

このバイトが医師の場合には、たいへん高額です。

 

半日でも5万。

1泊すれば6万~10万

 

首都圏のほうが高額なようですが、地方でもそれなりです。

 

週1回の代務というアルバイトに行って、やっと人並みの生活ができるということです。

 

さらに、がんばる人はバイトの掛け持ちをします。

 

夫の同期の医師は、子供が3人いて、奥様は元看護士だった感じの良い方でした。その方は、精力的にバイトをしていて、ものすごく稼いでいらしたようです。

 

夜起こされるかもしれないのが産婦人科医のつらいところ。

ですから、9時前には就寝される方でした。

そうした、自己管理ができていたから、たくさんのバイトも可能だったのではないかと思います。

 

夫も、大学病院から派遣される医院に週1回の代務。

加えて、土日に個人の産婦人科医院で1泊2日のバイトをしていました。

 

開業医も土日くらいは人に任せて休暇を取りたいのだと思います。

 

そのときの収入が1回で6万ほど。泊まり込みではなくて、呼ばれたら行く、というスタイルでした。

 

地元病院に戻ってしまえば、宿直などは義務の範疇に入り、

こうした高額のバイト料は入ってこなくなってしまいます。

 

バイトなので安定収入が得られないというのも、他の職種とは違います。バイトの口はいくらでもあるのです。バイトの医師は足りないのが現状なのです。

 

 

夫が亡くなる少し前の頃、

 

「草取りがたいへんだからシルバーさんを頼んでくれる?

1回当直すればいいから。」

 

と言っていたのを思い出します。

毎朝、自分で草取りを始めたのですが、草が伸びる勢いに追いつかず悲鳴をあげて、自分は当直をして、それで得たバイト料でプロの草取りの方を頼んだほうが良いと思ったのでしょう。

 

夫が最後に勤めていたのは大学病院ではありませんでしたが、当直するとバイト料がいただける病院でした。

 

ですから、ゴールデンウィークの時など、若い医師がものすごくバイトをしたがるのです。夫は、若い医師に譲ってあげていましたね。そのすぐ後でした。亡くなったの・・・。